マイダネク強制収容所
正しくはルブリン強制収容所といいます。ナチスドイツが作った強制絶滅収容所でアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所に次ぐ規模です。ここではポーランド人を筆頭に35万人を超える人達が犠牲になりました。
入り口にある記念碑にはイディッシュ語でルブリンと書かれています。
マイダネク強制収容所②
左がシャワー室、生を表します。右がガス室、死を表します。
ⒸMad Dr, 2005, GDFL1.2,CC-BY-SA3.0
マイダネク強制収容所③
1969年に建てられた霊廟で、中には犠牲となった人々の灰がおさめられています。ⒸMad Dr, 2005, GDFL1.2,CC-BY-SA3.0
ルブリン大聖堂①
聖ヨハネ福音大聖堂とも呼ばれます。1625年にイエズス会によってバロック様式で建てられましたが、1752年に火災に遭い、再建されて現在の姿になっています。
ⒸNutaj, 2011, CC-BY-SA3.0
ルブリン大聖堂① NIGHT!!
ライトアップされた正面では、2階部分のファザードがよりはっきりと映ります。ⒸPankrzysztoff, 2012, CC-BY-SA3.0
ルブリン大聖堂②
教会内部の様子。
(左)主催壇と天井画
ⒸTomasz Zugaj, 2012, GDFL1.2,CC-BY-SA3.0,2.5,2.0,1.0
(右)主催壇右側の壁画
ドミニコ会修道院①
1342年にカジミエシュ大王によって建設され、1575年の火災の後に再建されました。ⒸNeoMill, 2013, CC-BY-SA3.0
ⒸKazimierz S. Ożóg,GDFL1.2,, CC-BY-SA3.0,2.5,2.0,1.0
ドミニコ会修道院②
修道院内の聖スタニスラウス大聖堂には時計回りに11の祭壇、礼拝堂があります。ⒸKazimierz S. Ożóg,GDFL1.2,, CC-BY-SA3.0,2.5,2.0,1.0
ⒸKazimierz S. Ożóg,GDFL1.2,, CC-BY-SA3.0,2.5,2.0,1.0